漁師は働くことの原点。いい職業やなって実感しています。

井村 弘樹さん
太居 英征さん
小川 道洋さん    (左から)

出身地:阿南市
Uターン

―地元にUターンするまで

小川さん「父親が漁師だったので、海の近くで働くというのが当たり前の環境やったし、小さい時は漁師になるもんやって思ってて。でも、大きくなったら漁師以外の道もいいなと思って神戸の大学に進学して、そのまま県外で働いていました。地元に帰ってきて漁師になったのは31歳の時。『これから先、漁師になりたいって思っても手遅れになる』と思い始めたんです。漁師なんて職人みたいなもんで、早めに始める方が断然いいですから。意識して漁師になるとは思ってなかったけど、30歳を過ぎて自然とそういう考えになりました。」

井村さん僕は神戸の大学に進学してから大阪のパチンコ台メーカーで働いとったんですけど、朝早くて夜遅い生活やったんで、だんだんしんどくなってきたんですよね。それで、いいタイミングやったんで、仕事を辞めて帰ってきました。うちの家はすだちやデコポンのハウス栽培もやっているんですけど、農業が暇な時期に漁に行ってます。1年の半分は農業やって、半分は漁に出るって感じですね。親も年を取ってきたんで、帰ってきてよかったなって思います。俺たち(井村さんと小川さん)は同級生で、同じタイミングで帰ってきたんよな。」

太居さん僕は鳴門市で会社員をやっていましたが、前の仕事が自分に合ってないと思って・・・親が漁師をしているのもありましたし、自分で出来るような仕事をしてみたかったのもあって、32歳の時に漁師になりました。」

小川さん30歳過ぎたら働き方とか考え始めるんですよね。それぐらいの世代に漁師になりませんかって声かけたらいいんかも(笑)」

 

―漁師はどんな働き方でしょうか?

小川さん「僕がやっている曳網漁は日の出に合わせて始まります。今の時期(10月下旬)やったら5時半くらいに船に乗って出ていくような感じです。昔は長く海に出て、獲れるだけ獲ってたんですけど、今は水産資源保護もあって、長くても午後2時くらいまでに網をあげて帰ってくるようにしています。」

井村さん「建網漁は朝が早いんですよ。陽が昇ってくると波が立って来たり、風が出たりするんで、3時半や4時くらいの真っ暗な時に出るんです。でも朝の10時くらいには終わりますけどね。」

漁師という仕事は大変なイメージがありますが・・

井村さん「サラリーマンの方が大変でしたよ(笑)漁師は忙しい時は忙しいけど、その時がんばって落ち着いたら自分の好きな時に休めるし。」

太居さん「僕は会社員の時より漁師の方が向いてると思ってます。生活リズムも自然の中で働くので天候が悪かったら休みやし、自分の都合に合わせたりして、会社員の時より自分にあった生活が出来るんですよね。」

井村さん漁師を始めた時にきつかったんは船酔いかな。」

太居さん始めたすぐは酔っても働かなあかんので、吐きながら仕事するんですよ。慣れるまでは大変かもしれないですね。あと、力仕事なんで腕の力が必要。今は慣れたんですけど、最初は『漁師続けられるんかな~』って心配になりましたね(笑)」

小川さん「だいたい1年くらいしたら要領が分かって一通りのことが出来るようになるんで、慣れるまでですね。」

―地元に帰ってきて変わったことはありますか?

小川さん「自分以外の事を考えるようになったね。向うにおるときは、自分の事で手いっぱいやし、周りの事を考える必要がなかった。でも、こっちに帰ってきたら余裕が出て周りのことが見えだしたと思います。自然が相手の商売だから細かいことを気にせんようになったんかもしれん。」

太居さん「僕は小さいことでは悩まんようになってきたと思います。」

井村さん「人間関係では悩まんようになったな。上司もおらんし、営業先もないし、会社員の時とは全然違う。めっちゃ楽になりましたよ。」

―漁師の魅力ってなんですか?

小川さん「自分がやったことが目に見えるところが一番。獲れたら獲れた分、目の前で分かるんです。デスクワークやったら働いても、自分の成果が分かりにくいじゃないですか。漁師は獲って収入を得る、獲れなきゃ損になるっていうところがシンプルで分かりやすい。働くことの原点やなと思います。」

―阿南の海の良さは?

井村さん「このあたりは県内でもダントツに漁場が広いし恵まれてる。昔から阿波水軍の影響もあるんちゃうかな。(※阿波の徳島藩の水軍で椿泊を拠点としていた)」

小川さん「椿泊の舞子島には古墳があって、専門家は4~5世紀くらい前から漁業で栄えてたんじゃないかって言っています。それに紀伊水道に面していていい海流が来るのも大きいです。1年通していい漁場ですね。」

太居さん「椿泊みたいないい漁場やったら、頑張って一人で漁師やっても儲けれると思う。」

井村さん「一般的に漁師は儲けれんってイメージあるかもしれんけど、椿泊やったら全然いけるな。」

 

―漁師に向いているのはどんな人だと思いますか?

小川さん「これをやってみようとか試してみようとか自分なりに考えてやっていける人がええなと思います。何となく漁に出ているだけではダメ。それ以外の体力や知識は後からついていくものですから。考えてやれることが一番大事ですね。」

井村さん「海の上は危ないこともあるから漁師のおっちゃんは言い方がきつい人も多いんですよ。そういうのを溜め込むより受け流せる人がええんちゃうかな。「またあんなん言ってるわ~」ってくらいがちょうどいい(笑)」

―自分の子供にも後を継いでほしいと思いますか?

小川さん「漁師っていい職業やなって実感しとるし、やってほしいなと思うけど、昔と今の漁師のやり方は全然違う。だから、子供に継いでほしいんやったら、自分もその時代に合わせて漁師をやっていかなあかんと思います。自分自身が色々試してみて、子供が大きくなった時にバトンタッチできる状態にしておきたいです。自分がどうやっていくか、やりたいと思わせるだけの事をやれるのかっていう自分自身の問題ですね。」

―皆さんで活動している『魚っSUN‘s』について教えてください。

     

小川さん「僕たちが活動してる『魚っSUN‘s(うおっさんず)』は漁師中心にやっているんですけど、漁師以外のメンバーも合わせると大体24~5人くらい。年に3回くらいのペースで料理教室や婚活パーティを企画したり、まちのイベントに参加して魚の消費を増やすための「魚食普及活動」をしています。それまでも魚を普及していく活動はやったことはあるんですが、単発でした。この辺りの漁協は徳島県内の他の漁協に比べると40代前後の若い組合員が多いんです。それで、6年前に漁協や部会の垣根を越えて、継続的に魚を普及する活動をやってみようと話になったのが始まりです。」

―「魚っSUN‘s」のこれからを教えてください。

小川さん「魚食普及活動はすぐに成果が出るものではないので、今のペースでも続けていくことが大事やなと思ってます。

井村さん「子供に伝えるっていうんは絶対大事。特に親子で参加して体験して貰うんが一番やな。」

小川さん「子供が魚を好きになっても料理するのは親ですからね。子供も勉強になるけど、同時に親も勉強になってる。最近だと魚をさばいたことがないっていう人もいるので、親子に教えるっていうのがいいんだろうなと思ってます。あと、この間兵庫県明石市にある料理教室に勉強に行ったんです。そこはお金を取って教えてる所なので、包丁の持ち方からまな板の使い方まできっちり教えてくれる。それを見て、僕たちも本気でここまでやらなあかん、僕達自身も教える側だけじゃなく教わる側にもなって、見聞を広めていかなあかんなって感じました。」

―最後に移住した人が地域に溶け込むコツを教えてください。

小川さん「自分から挨拶したり、話しかけるのがいいと思います。あとは、地域の行事とか祭りって人手も必要とされとるから、そういう所に『手伝います』って出向いて行くのは大切ちゃうかな。田舎は助け合いで成り立っている部分があるから、繋がりもできるしいいと思います。」