自分達の手を動かすこと、関係を作るコミュニケーションをとることが大切

林 宏通さん
林 麻子さん

前居住地:東京都
Iターン
牟岐色窯

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―移住しようと思ったきっかけを教えてください

麻子さん(以下麻):今から2年半くらい前、子供が年中の頃から小学校を探していて、選択肢のひとつが阿南市にある「フリースクールトエック」でした。
宏通さん(以下宏):小学校選びに焦っている年長さん家族を見ていたので、早めに探し始めました。公立も選択肢に入れつつ、それ以外の所も見てみようと思って、東京近辺や妻の両親がいる高知県も帰省のついでに見に行ったりしました。どこもよかったけど、決め手の部分ですよね。
麻:元々田舎に住みたいっていうのはあったけど、行きたい学校があったのが徳島だった。私達にとって移住の決め手は子供の教育だったんですよね。
宏:教育っていうきっかけがなかったらそのまま東京にいたかもしれないですね。

―移住を決めてからどのように動いたんですか?

宏:最初に学校の下見をして移住を決めてから、その春にもう1回僕一人で阿南に行って、まずは市役所で移住の相談をしたんですよね。そこで色んな地区の空き家を見たり、移住した地域おこし協力隊の方と会ったりして。
麻:私はまだ徳島に行ったことがなかったので、今度は私が6月に学校主催のイベントに行ったんです。その時に、昨年移住した家族と知り合いました。帰りの夜行バスまでどうしようと思っていたら、「うちにおいでよ」と誘ってくれて、夕飯を一緒に食べて。その時に、牟岐町で炭焼きの後継者を探している話を聞いて、「うちの旦那がやります!」って言っちゃって(笑)
宏:それで、夏に炭焼きの具体的な話を聞きに牟岐町にも行ったんだよね。そこで牟岐町の地域おこし協力隊や地域の人とも知り合いになりました。それから、9月に家族全員で体験入学に来た時に住む家を探したんです。市役所や移住者の友人からも空き家を紹介してもらって、場所と値段と色々考えて今の家に決めました。それで、11月にここの家の大掃除。前の住人の荷物がすごい残っていたんですよ。なので、2日間で全部片づけました。
麻:引っ越し料金が安い2月に荷物だけ先に入れたんですけど、その時に夫がインフルエンザにかかっちゃって、私一人で引っ越しの荷物を受け取ったんですよ!大家さんも心配してお家にご飯食べに連れて行ってくれたり、送り迎えもしてくれて、徳島の人ってなんて優しいんだ~!!って(笑)それから3月31日に家族全員でこっちに来ました。
宏:移住した友人から引っ越しが大変だったから早めにした方がいいと聞いていたので、学校の下見から引っ越しまで早め早めにしてよかったと思います。

―大変だったことを教えてください

麻:移住した最初の頃はたぶんメンタルからきてたんだと思うんですけど、とにかく体調が悪くて・・。海外もほっつき歩いていたし、どこに移住しても平気と思ってたけど、体が全然ついてこなくて、最初の一か月はしんどかったかな。不安だし緊張してるし、頼る人がいないっていう孤独感もあって。でも、春休みの間はしんどかったけど、学校行きだしてからは徐々に慣れてきました。

―徳島の県民性は?

麻:徳島の人って最初は恥ずかしがり屋でシャイですよね。全部見せあえる仲間が出来たなって思えるまで半年かかったと思います。
宏:普段顔を合わせてるのに距離感遠いな、徳島の県民性もあるのかな、なんて思っていたんだよね。
麻:そうそう、話しても社交辞令というか・・・。もうちょっと深いレベルになったのは夏休みに入ったくらいかな。
宏:夏休み中に子供同士が釣りやキャンプの約束をしてくるんですよね。それで、家族ぐるみで一緒に過ごすうちにだんだんと近づいて行ったよね。

―麻子さんのご両親は高知県在住ですが、高知とも違いますか?

麻:高知の人はラテン系ですよね。誰にでも話しかける人が多いイメージだったから、隣の県でこんなに県民性が違うとは思わなかったんです。そんな中で、この家の裏のおばあちゃんは最初から野菜持ってきてくれたり、お孫さんが小学生だから遊びにおいで!って誘ってくれたり、すごく助けられたよね。
宏:近所で距離を縮めてくれる人がいたのはありがたかったです。東京から来たっていうと、皆好奇心はあると思うんですけど、最初は向こうから来ない。徳島の人はシャイな性格だから仲良くなるまである程度時間はかかるのかなって思いますね。

―移住して一番変わったことは?

麻:仕事を辞めて、会社員じゃなくなったことかな?
宏:それは大きいかもね。以前は医療系の会社で働いていました。12年くらいいたのかな。医療系で24時間動いているので、辞める前は半分夜勤みたいな感じで午後14時に出勤して22時までという勤務体系でしたね。
麻:今の方がサラリーマンみたいだよね。朝8時に家を出て、17時ごろ帰ってくるみたいな。雨が降らなければ平日はそんな感じだもんね。

―今の炭焼きの仕事について教えてください

宏:牟岐町で集落支援員という立場で、炭焼きをやっている方と一緒に作業をしています。その方も高齢なので集落支援員と地域おこし協力隊がフォローしているって感じですね。炭焼きの作業は一通りやったんですけど、一人でできるかというと難しいかな。その方も見て覚えてきたので、言葉で説明するの苦手ですよね。
元々この辺りの昔の農家は炭焼きをやっていたみたいで、山の木を刈って自分で炭を作っていたそうです。そういう習慣が日和佐から高知県の室戸あたりまであったんですよね。でも、牟岐町の炭焼きは個人でやっていてそこまで大きくなかったので、だんだん衰退していって、今はその方だけが続けているんです。集落支援員は1年ごとの更新なので安定はないですが、将来的に炭の技術を覚えておいて損はないと思っているので、この経験をステップに自分で何かをやる方向になっていくだろうなと思っています。

―炭焼きの作業で大事なことは?

宏:「練らし」という工程で、窯から出す時の火の色の見極めです。備長炭って打ち付けると金属みたいな音がするくらい硬いんですけど、出すタイミングがちょっとずれるとスカスカな炭になってしまう。この工程が備長炭を作る中で一番難しい所だと思います。

―仕事についてはどう考えていましたか?

麻:東京でも里山の再生活動をずっとやっていたので、そういうのが仕事になったらいいね、って話をしていて、友人から炭焼きの話を聞いて「それでいいじゃない」って。お金にはならないよとは言われたけど、田舎でたくさん稼がないと生活できないわけじゃないので、現金収入がそこまでなくても、薪はとれるし炭は作れるし、畑ができたらそれでいいねって我が家は気楽な感じでした(笑)
宏:妻の仕事が場所が変わってもできるっていうのも大きいですよね。
麻:私の仕事は在宅でできる広告関係の仕事なんですけど、忙しい時は忙しいけど、ある程度時間に融通ができるんです。フルタイムで働いていると、今日はお天気がいいからこれをしよう、なんてできないじゃないですか。それがもったいないなって思ってしまって。特に子供が小さい時は一緒に過ごす時間は他に代えられないっていう気持ちもあったんです。

宏:仕事に忙殺されているとそういうゆとりがないですよね。半端ない働き方をしていた時期もあったけど、そういうのは充分やったし、長くはできないなと。あとは、僕ひとりで家族を養わなきゃっていうプレッシャーはなかったので、男は稼いでなんぼみたいなスタンスのまま田舎に来るとキツいかもしれない。田舎でも東京と同じ生活スタイルだと同じ分だけ収入が必要。むしろ1人1台車が必要だし、田舎の方がお金がかかる人もいるかもしれないですね。でも、僕は「自然資本」と言ってるんですけど、田舎は自分が手足を使って動けばまかなえるものが多いので、現金収入は少なくてもやっていけると思います。でもそれをやりたくないっていう人は同じだけの収入源は確保しとかないと難しいかな。それは仕事や生き方に対する考え方ですよね。生活に必要なお金が5万で充分っていう人もいれば30万ないと絶対無理っていう人もいるし。
麻:でも徳島は物価は安いし、釣りにいけば高級魚も釣れるし、野菜はおばあちゃんが持ってきてくれて、本当に食費が下がったんですよ。それに、美味しいものが全然違う!魚なんて釣った分だけおいしい魚が食べられるし。

―移住してビックリしたことは?

宏:東京も比較的郊外だったので田畑はあったけど、食べ物を頂くことは圧倒的にこっちの方が多いですよね。野菜以外も鹿や猪の肉ももらったり。鹿を丸々一頭、なんてこともありました。
麻:しかもしょっちゅうだよね。
宏:もらうとは聞いてたけど、「これかー!」って。スダチは100キロくらいもらいましたね。


麻:スダチは全部絞って、東京の知人に送りました。無農薬のスダチなんて出回らないですから。子供と釣りに行くと、周りのおじちゃんたちが「これもってけ!」って魚をくれたり。田舎にいると消費者じゃなってくるんですよね。都会だと買うことしか選択肢がないけど、こっちだと野菜も作れるし、釣りに行けば魚もとれるし、猟をやっている人と繋がればお肉も頂けるし。
宏:でもそれも関係が出来てないと成り立たないなと感じます。自分たちの手を動かすことと、関係を作るコミュニケーションをとることはとても大きいですよね。

―移住する時うまくいくポイントは?

宏:自分たちと価値観が似ている人や住んでいる人の話を聞くのは大事ですよね。ネットで地域の情報はすぐわかるけど、やっぱり住む人の話が決め手になったかな。会社や学校で地域の水先案内人みたいな人と繋がれば、そこからどんどん広がっていく。そういう人が移住者だったりすると、何に困るか、どうしたらいいかを経験しているので頼りになりますよね。僕らもそうだけど、移住してきた人は繋がりを作ることにためらいがないし、フットワークが軽い。それは知らない土地に住んだ時に繋がりの大切さを身をもって分かっているから。もし移
住する地域に自分と話が合いそうな人がいたら連絡先を交換してアンテナを張っておくといいかもしれないですね。

 

―これからやりたいことを教えてください

宏:自分たちが出来る事で助け合えるコミュニティを作ろうっていう話が形になってきています。困った時に助け合える社会っていうのは本来は地域の中で解決できることが多いと思うんです。でも、困った時に助けてと言える関係が薄くなってきている。それぞれが出来ることを持っているはずなのに表に出てこないことがもったいないなって。
麻:移住してくる人って自分で何かをする能力に長けた、ある意味エリートたちが揃ってるんですよ。お金の関係性じゃなくてお互い様だねと言えるやりとりをしていきたいねって話をしています。
宏:それが履歴書に書くような資格や技能じゃなくても「こどもと遊ぶのが得意」とか「料理するのが得意」とかでもいいし、この間友達と話してた時は「ハグできます、頑張ってる人を応援します」というのも出たり。そういうのをお互い持ち寄ってコミュニティとして発展したら面白いなと思っています。